東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4181号 判決 1973年9月12日
原告 渡辺正次郎こと 渡辺政次
右訴訟代理人弁護士 稲益賢之
被告 株式会社主婦と生活社
右代表者代表取締役 遠藤左介
被告 丸元淑生
被告 遠藤左介
右三名訴訟代理人弁護士 美村貞夫
同 高橋民二郎
同 土橋頼光
主文
一 被告らは、各自原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四六年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分しその一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り原告が金二〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告株式会社主婦と生活社(以下、被告会社という。)は、原告に対し、本訴判決確定後最初に被告会社が発行する「週刊女性」誌上に別紙(一)記載の謝罪広告を、本文は三号活字をもって、見出し及び宛名の部分は二号ゴジック活字をもって、その他は二号活字をもって無料で掲載せよ。
2 被告らは、各自原告に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和四六年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言を求める。
二 請求の趣旨に対する答弁
被告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告会社は書籍、月刊誌週刊誌等を発行する会社であるところ、同社発行の昭和四六年四月二四日付「週刊女性」誌(発売同月一二日頃)二〇二頁に「恐喝容疑で築地署に逮捕された渡辺政次」と説明文をつけた原告の顔写真を掲載し、「藤圭子・胡浜三郎も被害者?」なる大見出しをつけ、「芸能人などから八百万円を恐喝した男が逮捕されて」と副見出しを掲げ、(1)「七日、音楽評論社社長(東京・新橋二の二五の二)渡辺政次(二八才)が八百万円にのぼる恐喝、詐欺容疑で東京・築地警察署に逮捕された。」(2)「調べが進むにつれて、スキャンダルをねたに有名タレントや新人歌手、プロダクションなどを相手に脅迫した相当数の余件が明るみに出てきた。」と全く無根の事実をいかにも真実のごとく断定的に掲載したうえ、あたかも右事実を裏付ける証拠があるかのごとく、「自分の名前を出してくれるなという条件で、二、三の人が渡辺の悪事を認めたのだ。」と掲載し、以下、右匿名者の同週刊誌に対する談話の形式で、別紙(二)のとおりの記事(以下、別紙(二)の記事を本件記事という。)を掲載し、右雑誌は昭和四六年四月一六日ごろ全国の不特定多数の者に約六〇万部販売された。
2 原告は昭和四六年四月七日東京築地警察署に恐喝容疑で逮捕されたことはあるが、詐欺容疑で逮捕された事実は全くなく、右恐喝容疑は原告が印刷会社に対し、注文した印刷物の重大な瑕疵、納期遅延を理由として代金の減額請求をしたところ、同会社がこれに応じなかったため印刷代金一〇万六〇〇〇円の支払を拒絶したことに端を発したものであり、原告は同月二四日東京地方検察庁においてその正当性を認められて不起訴処分となり、身柄を釈放された。
3 すなわち、原告は前記掲載記事のように、八〇〇万円にのぼる恐喝、詐欺容疑で築地警察署に逮捕された事実はなく、まして藤圭子、胡浜三郎ら芸能人らから八〇〇万円を恐喝した事実は全くなく、右記事は明らかに無根の事実を捏造したものである。
元来、原告がいかなる容疑事実で逮捕されたか、その容疑事実の内容は何かについては築地警察署に問い合わせれば容易に確知しうるのであり、被告らは右調査の責務があるのに、原告が八〇〇万円にのぼる恐喝、詐欺容疑で逮捕された旨の全く事実に反した報道をした。また、藤圭子所属のプロダクションや胡浜三郎本人は、恐喝された事実を否定しているのに(本件記事参照)、原告が芸能人などから八〇〇万円を恐喝したと断定的に報道したうえ、一般読者に対し、藤圭子、胡浜三郎ら有名芸能人らがその被害者であるかのような印象を与える報道をあえてしたのであって、これらは、故意に原告の名誉と信用を毀損し、原告を業界から抹殺することを意図したものと断ぜざるをえない。仮に、故意でないとしても重大な過失がある。
4 被告丸元は被告会社発行の週刊誌「週刊女性」の編集人として、被告遠藤はその発行人として、それぞれ右週刊誌の編集及び発行に従事していたものであり、本件記事を掲載した「週刊女性」(昭和四六年四月二四日付)も、右両名が被告会社の業務の執行として編集し、発行したものである。
5 損害
ところで原告は、本件記事掲載当時は、音楽評論家であり、また株式会社音楽評論社の代表取締役であって、同社発行にかかる「週刊音評」(以下、「音評」という。)の編集兼発行人であったところ、これまで藤圭子、ちあきなおみ、千昌夫、黒木憲、クールファイブ、いしだあゆみ、カルメンマキ等幾多の有名歌手を発掘してマスコミに乗せ、世に送り出し、また昭和四五年四月頃には大阪読売テレビ全日本歌謡選手権全国ネットに出演したこともある。原告が経営している株式会社音楽評論社発行の「音評」は、レコード産業の一〇〇種に及ぶ業界誌の中で「オリジナルコンフィデンス」「ミュージックラボ」と並んで最も権威あるものとして定評をうけていた。
(1) しかるに本件記事が掲載された後、原告が初代会長に就任内定していた全日本新レコード商組合の設立が中止となり、事務局長就任が内定していた全日本音楽評論家協会設立が中止となったが、中止理由は本件記事の掲載以外には存在せず、今後も各方面でこの種の悪影響の生ずることは必至であり、原告はまさに業界より締め出されようとしている。原告の精神的苦痛は死にまさるものがあり、原告の右心痛を慰藉するには、慰藉料金六〇〇万円が相当である。
(2) 本件記事の掲載により、原告は講談社発行の週刊誌「ヤングレディ」に昭和四六年一一月から歌謡界のナベ正おじさん「タレントずばり診断」を連載決定していたが中止となり、講談社発行の「月刊現代」に同年一〇月から芸能小説を連載決定していたが中止となり、テレビのレギュラー出演が決定していたがこれも中止になった。
かような状況の中で、「音評」の購読契約および広告掲載契約が多数破棄され、同会社はまたたくまに経営困難となって昭和四六年五月二四日解散するに至った。原告は同会社より月額一六万円の報酬と年額四八万円(三ヶ月分の報酬相当額)の賞与をうけていたが、同会社の解散により右収入を失い、その後原告は昭和四六年八月から旬刊「現代評論」に月額五万円の給与をうけて勤務しているので、その差額である年額約一八〇万円の得べかりし収入を失ったことになり、本件記事の悪影響は少くとも五年間は継続し、原告はその間業界に音楽評論家として再起不能であるので、右収入の減少は少くとも五年間は継続する。
したがって、原告の逸失利益を法定利率年五分のホフマン式計算方法により中間利息を控除して計算すると金七八四万八〇〇〇円となり、うち金四〇〇万円を財産的損害とし請求する。
6 よって原告は被告会社に対し、請求の趣旨第1項の名誉回復処分を、被告らに対し、各自右金一〇〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四六年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因第1項のうち、原告主張の「週刊女性」誌に原告主張の写真および本件記事を掲載したこと、同誌が約六〇万部販売されたことは認めるが、その余は否認する。第2項のうち、恐喝容疑で原告が築地警察に逮捕されたことおよび後に原告が不起訴処分になったことはいずれも認めその余は否認する。第3項のうち本件記事が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。本件記事により原告の名誉が毀損されたとの主張は争う。第4項は認める。第5項冒頭の事実のうち、原告が本件記事掲載当時株式会社音楽評論社の代表取締役で、同社発行の「音評」の編集兼発行人であったことは認めるがその余の事実は知らない。同項(1)のうち、原告が全日本レコード商組合の初代会長と内定していたこと、全日本音楽評論家協会の事務局長に就任内定していたことはなく否認する、その余は争う。同項(2)のうち、原告のヤングレディの「タレントずばり診断」の連載決定およびテレビのレギュラー出演が決定していたとの事実はなく否認する。原告主張の会社が解散したことは認めるが、右解散が本件記事によるものであるとの点は否認し、その余の事実は不知、損害の点は争う。
三 抗弁
1 本件記事は、被告らがもっぱら公益を図る目的をもってこれを掲載したものであり、被告会社の記者上竹瑞夫、同岡田伸之が次のように取材した事実に基づき本件記事を見出しを付して掲載したもので、いずれも真実に合致するものである。
(一) 昭和四六年四月八日付朝日新聞夕刊、サンケイ新聞夕刊、東京新聞や四月九日付内外タイムス等に原告が「歌手のスキャンダルを原告の発行する週刊音評にのせるといって、二、三の芸能プロダクションから金を恐喝した」「音楽プロダクションに雑誌を買わぬと書くぞと脅した」「レコード会社や新人歌手に近づいては週刊誌に書いてやると悪らつなおどしをした」「中央区内の印刷会社に対し印刷を依頼しその代金一〇万六千余円を支払わず“オレをだれだとおもう、政界の大物やヤクザがオレについている”と云って、代金を踏み倒したほか同じ手口で零細印刷業数社に凡そ八百万円の被害を与えている」との容疑で警視庁組織暴力本部と築地署につかまった旨の記事が掲載された。
(二) 被告会社はこの事実をたしかめるため、翌四月九日午前中に同社の社員上竹瑞夫記者を警視庁および築地署に赴かせたところ、右上竹記者は、築地警察署において、捜査課長の許可をうけて田中捜査係長から逮捕したのは印刷会社を恐喝した事件についてであるが、前記新聞記事のとおりの余罪があると考え捜査中であるということを聞かされ、その際「音評」の記事に関係者があるらしいということもその説明から窺知することができた。
(三) そこで、右上竹記者は、同僚の岡田記者と手分けして同日午後から夜までに歌手千昌夫、東京12チャンネルディレクター工藤忠義、三和企画高橋章泰、東京ミュージックカンパニー岡田光夫、渡辺プロダクションの広報課長、フジプロの岡田某、その他二〇数名に電話もしくは面談して取材した。
(四) 以上のように、被告らは、被告会社の社員が築地警察署の係官および芸能人等からの取材に基づき本件記事を掲載したものである。もっとも取材した相手は自己の氏名が公表されることを避けたいと希望するので、その談話した相手の氏名は明らかにせず、かつその職業から氏名がわかることも慮り他の職業を記載する等したが内容そのものは事実である。
2 仮に本件記事のうちに一部事実に反する点があったとしても、それは記事全体からみれば枝葉末節に属するものであり、右1で述べた事情および芸能人からの取材は彼等が非常に多忙であり面会を求めることは困難であるため電話による取材という方法を採らざるをえなかったこと、芸能界では恐喝されても歌手の人気を考慮して、被害届を出さず、また警察の取調べ、照会に対しても被害の事実を明さないのは公知の事実であること等の事情よりして、被告らが本件記事を真実と信じて掲載発行したものであり、真実と信ずるについて相当の理由があるというべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁第1項の冒頭の事実は否認する。同項(一)は認める。(二)(三)の事実は不知、(四)のうち取材した相手の氏名を明らかにしなかったこと、相手の職業を記載しないで他の職業を記載したことはいずれも認めるが、内容そのものは事実であるとの点は否認し、その余の事実は不知。
第2項は否認する。
第三証拠≪省略≫
理由
一 被告会社が書籍、月刊誌、週刊誌等を発行する会社であり、同社発行の昭和四六年四月二四日付「週刊女性」誌(発売同月一二日頃)の二〇二頁に「恐喝容疑で築地署に逮捕された渡辺政次」と説明文をつけた原告の顔写真を掲載し、「藤圭子・胡浜三郎も被害者?」という大見出しをつけ「芸能人などから八百万円を恐喝した男が逮捕されて」と副見出しをつけ、(1)「七日音楽評論社社長(東京・新橋二の二五の二)渡辺政次(二八才)が八百万円にのぼる恐喝、詐欺容疑で東京・築地署に逮捕された」(2)「調べが進むにつれて、スキャンダルをねたに有名タレントや新人歌手、プロダクションなどを相手に脅迫した相当数の余件が明るみに出てきた」等別紙(二)のとおり本件記事を掲載したこと、右雑誌が昭和四六年四月一六日頃全国の不特定多数の者に約六〇万部販売されたこと、原告が本件記事掲載当時株式会社音楽評論社の代表取締役であって、同会社発行にかかる「音評」の編集兼発行人であったことは、当事者間に争いがない。
本件記事を読むと、それは、次のような事柄を記載したものと認められる。すなわち、「原告は、八〇〇万円にのぼる恐喝、詐欺容疑で築地警察署に逮捕された。そのきっかけになったのは、原告の発行する業界誌音評の印刷代を踏み倒し、おどしを働いたというものであるが、調べが進むにつれて、原告がスキャンダルをねたに有名タレントや新人歌手、プロダクションを脅迫した相当数の余件が明るみに出てきた。たとえば、藤圭子や胡浜三郎も、藤圭子所属プロダクションや胡浜本人は否定しているが、被害者ではないかとみられる。かように、原告は、芸能人などから八〇〇万円を恐喝したのであって、二、三の芸能関係者も、原告が芸能界で行なってきたこの種のいくつかの悪事を認めている。」以上のとおりである。そして右によれば、その主要な事実は、原告が有名芸能人等から八〇〇万円を詐欺、恐喝したという点にあり、その余は副次的なものに過ぎないということができる。本件記事の大見出し部分は、疑問符をつけ、断定的な記載ではなく、また原告の犯罪行為を否定する談話もあるが、雑誌等の記事による名誉毀損の成否は、一般の読者がその記事を読んで、いかなる印象を受けるかを基準として考えなければならないところ、本件においては、通常人が本件記事の見出しと本文内容の全体を通読するときは、原告が、藤圭子、胡浜三郎ら有名芸能人や新人歌手などから、スキャンダルを材料にして八〇〇万円の恐喝を働いていたとの印象を受けることは否定できない。そして、右のような事実は犯罪の容疑に関するものであるから、雑誌の記事として掲載され、一般に流布されたことにより、その犯人として摘示された原告の社会的評価、信用は低下し、原告の保護されるべき名誉は毀損されたものというべきである。
二 本件記事は、その根幹をなすものは、前認定のとおり、原告の犯罪事実についての記載であって、公共の利害に関する事実にかかるものである。また、≪証拠省略≫によれば、本件記事の掲載が、いわゆる芸能ゴロの追放という目的でなされたものと認められるから、もっぱら公益を図る目的に出たものと解することができる。
≪証拠省略≫を総合すれば、次の諸事実が認められる。すなわち、
原告が昭和四六年四月八日詐欺恐喝の容疑で逮捕されたことが、同日付朝日新聞夕刊に「歌手の醜聞をタネに恐かつ、音楽ゴロ逮捕」の見出しで、また同日付サンケイ新聞夕刊には「ナベ正逮捕、音楽評論社の社長印刷代を踏み倒す」の見出しで、報ぜられた。被告会社の編集長である被告丸元淑生は、右各新聞記事を示して取材を命じ、被告会社の記者上竹瑞夫と同岡田伸之とがこれにあたることになった。上竹瑞夫は翌九日、まず築地警察署へ調査に赴き、係官から、原告が印刷代金一〇数万円を踏み倒した恐喝の疑いで同人を逮捕した、余罪は取調中であるということを聞いたが、原告が歌手の醜聞をねたに八〇〇万円の恐喝を働いたということは、まだ公表できないということであったので、その他は、逮捕のときの模様、原告の経歴などを聞くにとどまった。その後、上竹瑞夫は、九日一杯の締切に間に合わせるべく、岡田伸之と手分けして、芸能界の二〇数名を対象とする取材活動を行なったが、右取材には主として電話を用い、面会したのは後述の高橋章泰のみであった。取材の結果得られた具体的な情報で主なものは、次のとおりであった(かっこ内は、情報提供者を指す。)。「ある新人歌手が、原告から、歌手にしてやるということでだまされて交際費などの名目で一〇〇万円位とられ、その母親が泣いていたということを聞いた。」(RCAビクターのディレクター)、上竹瑞夫は、その新人を追ってみたが、いわゆる一曲だけの新人であるためか見付からなかった。「原告は、その発行する音評の広告に、私のところ(プロダクション)のタレントの写真を出すように勧誘し、私がこれを断っているのに、勝手に右広告を載せてしまい、後でその代金を執拗に、かつ、強硬に請求し、そのもつれから、私のところの新人がデビューするときに、原告によって中傷され妨害された。」(株式会社三和企図代表者)、「原告から私の家族の方へ音評を購読してくれといってきて、これを断わると、私のスキャンダルとかいうものをほのめかし、広告を出せともいわれた。私は原告にひどい中傷記事を書かれて、非常な怒りを覚えている。もし私をかばってくれるなら何でも話す。」(某男性歌手)、「原告にある番組の審査員になってもらったが、都合で一回でやめてもらったところ、それを根にもって、私が公的な立場にありながら私利私欲で仕事をしているということを音評に載せたり、中傷的なことを語られたりして、非常な被害を受けている。」(大阪読売テレビのディレクター)、「原告が、あるレコード会社の社員に関し、望ましくない記事を音評に書いたため、右レコード会社は、その記事の載った音評を大量に買い取った。」(プロダクションの社員)、およそ右のようなものであった。一方有名タレント、新人歌手などで、上竹瑞夫らの質問に対し、何ら被害を受けていないと答えた者も少なくなかった。上竹瑞夫は、右のように調べた後、前記新聞記事の内容、築地警察署の係官の談話および芸能関係者らから聞いた内容等を資料として本件記事を執筆し、それが「週刊女性」昭和四六年四月二四日号に掲載されるに至った。
以上のとおりである。≪証拠判断省略≫
そこで、本件記事は真実であると認められるか、仮に真実であるとはいえないとしても、被告らが真実であると信じたのが相当であるかどうかについて考える。
1 ≪証拠省略≫によれば、本件記事のうち、「二、三の人が渡辺の悪事を認めた」として、その例に挙げた談話のうち「昨年私のところで……」「地方から出てきた新人……」「私の家族のところに週刊誌を……」「頼みもしない広告を出して……」の部分は、前認定の芸能関係者からの取材に基づいて書いたものであるが、その際、発言者の表示は、取材源に対する配慮から適当に入れ替えたものであること、「渡辺は新潟県能生町で昭和十七年生まれ……」と原告の経歴を記載した部分は、築地警察署の係官から聞いたことに基づくものであること、末尾の「こうした灰色の前歴……」とある部分は、某テレビ局の音楽番組ディレクターの談話の形を借りているが、その内容は、主として上竹瑞夫自身の意見を表明したものであることが認められる。
前認定に照らすと、まず右芸能関係者の四つの談話は、上竹瑞夫らが得た資料と若干異なる点はあるけれども、頼まれない広告を出して代金を要求したり、新人を中傷し、そのデビューを妨げて利益を得ようとしたり、週刊誌の購読を要求し、拒否されると、スキャンダルを持ち出したりしたということなどその大筋においては、一致するものである。そして、≪証拠省略≫によれば、上竹瑞夫らが取材した事実のうち、株式会社三和企図代表者、某男性歌手、プロダクションの社員が述べた事実は、かなり真実性の高いものと認められるのであるが、その点はしばらく措き、上竹瑞夫らが、その取材によって得た各事実が真実であると信じたとしても、それは無理からぬことであったと考えられる。けだし、証人上竹瑞夫、同岡田伸之の各証言によれば、同人らは、原告に関し、さきに認定した具体的事実のほかにも、いくつか好ましくない事例を聞いており、芳しくない原告の風評がかなり芸能界に広まっていることを知り得たことが認められるのであり、かような印象なり、一般的背景のもとでは、さきの具体的事実を真実であると信ずることも、自然なことと考えられるからである。次に≪証拠省略≫によれば、原告の経歴に関する部分は、上竹瑞夫が築地警察署の係官からの取材に基づいて記載したもので、その内容も真実であると認められる。さらに、末尾の上竹瑞夫の意見を書いた部分には「藤圭子、千昌夫、胡浜三郎なんか、相当おどかされていたという噂を耳にしていますがね」という記載があるが、一方、本件記事中には、右被害を否定した藤圭子所属プロダクションおよび胡浜三郎本人の談話もあり、そのいずれであるかは読者の判断に委ねていると認められるから、右程度の記載をもってしては、いまだ被害の事実が存在するとの印象を与えるものではない。
2 大見出し、副見出しおよび前記本文冒頭の(1)(2)の部分について考える。
右本文冒頭の(1)「七日、音楽評論社社長……」の部分についてみるに、≪証拠省略≫によれば、原告が昭和四六年四月八日築地警察署に逮捕された容疑は、原告が印刷会社を脅迫して印刷代金一〇万六四〇〇円の支払を免れたというものであって、被害者は印刷会社であり、詐欺の容疑はなく、また被害金額も異なる。上竹瑞夫が築地警察署で聞いたのは、一〇数万円の印刷代を踏み倒した件で逮捕したということであるから、右のように誤ったのは軽率である。しかも(2)の「調べが進むにつれて、スキャンダルをねたに有名タレントや新人歌手、プロダクションを相手に脅迫した相当数の余件が明るみに出てきた」との記載については、上竹瑞夫らが、これを裏付ける情報を得たとの証拠はない。「調べが進むにつれて」とは、前後の関係から、警察における取調べを意味するものと解されるが、前認定のとおり、係官は、公表を差し控えたのであって、取調べの結果かような余件がでてきたとは述べていないのである。仮に、それが、上竹瑞夫らの取材を意味するとしても、前述のとおり、新人歌手、プロダクションについては、その情報が得られたということができるが、有名タレント、ことに大見出しにあげられた藤圭子、胡浜三郎についてかような恐喝の被害があったとの確たる情報が得られたことを認めるに足りる証拠はないのである。上竹証人は、藤圭子、胡浜三郎らが原告から被害を受けたことをディレクターやプロダクションなどから聞いたと述べているが、≪証拠省略≫によれば、築地警察署においては、藤圭子、胡浜三郎ら芸能人に対する恐喝事件につき、さして捜査がなされたわけではなく、警視庁においても立件送致したことがないことが認められ、右恐喝の事実の存在は極めて疑わしいといわなければならない。≪証拠省略≫によれば、八日付の朝日新聞夕刊・サンケイ新聞夕刊・東京新聞夕刊、九日付内外タイムスには、原告がプロダクション等芸能関係者に対しおどしを働いていたとの記事が見受けられ、上竹瑞夫らは、かような新聞記事をも資料の一つにしたことが窺われるが、たとえ著名な各新聞に掲載されているとしても、その後、前認定のとおり、上竹瑞夫が直接築地警察署の係官に面会して尋ねたときには、係官は、慎重に、発表する段階ではないといって公表を差し控えているのである。かような場合、被告らとしては、よろしく係官の右慎重な態度に留意すべく、新聞記事を盲信すべきではなかったのである。まして、本件では、所属プロダクションや本人が被害の事実を否定しているのである。そうとすれば、原告が、藤圭子、胡浜三郎ら芸能人などに対し八〇〇万円にものぼる恐喝をしたとの事実は、その真実の証明がないばかりでなく、本件記事の執筆者上竹瑞夫、ひいて被告遠藤左介、同丸元淑生らにおいて右事実が真実であると信ずるにつき相当の事情があったということもできない。≪証拠判断省略≫なお、本件記事の大見出しには疑問符が付されているが、副見出しおよび有名タレントを脅迫した余件が明るみに出たとの記事と合わせれば、読者をして、藤圭子・胡浜三郎も被害者ではないかとの強い疑問を抱かせるに十分である。
右に説示したところによれば、被告らの抗弁は、前記1の点については理由があるが、2の点については理由がない。
三 被告らの責任
請求原因第4項は当事者間に争いがない。
したがって、被告丸元淑生は編集人として、被告遠藤左介は発行人として、原告に対し右不法行為につき責任を負うべきであり、被告会社も、右被用者および同社記者上竹瑞夫の選任監督につき相当の注意をしたとの主張立証がないから、被告会社は使用者として原告に対し本件記事の報道によって原告がうけた損害を賠償すべき責任がある。
四 損害
(1) 原告は精神的損害に対する賠償として六〇〇万円の慰藉料を求めている。
原告が、本件記事掲載当時、株式会社音楽評論社の代表取締役であり、同社発行の「音評」の編集兼発行人であったことは、当事者間に争いがない。原告本人は、「音評」は、レコードのヒット予想を目玉とし、レコード売上のランキング、芸能界のニュース等の記事を掲載していたもので、かかる業界誌約一〇〇種の中では、「オリジナルコンフィデンス」等とならんで、最も権威があるものとして定評があった旨供述しているが、客観的にみて、「音評」が業界において右のように高い評価を得ていたとの点は、≪証拠省略≫と対比し、にわかに採用することができない。また、原告本人は、全日本新レコード商組合および全日本音楽評論家協会の設立の準備を進め、原告がそれぞれその初代会長および事務局長に就任する予定であった旨供述しているが、≪証拠省略≫に照らすと、右設立がどの程度まで具体化し、したがって実現の可能性があったのか、かなり疑わしく、結局それらが設立されるに至らなかったことが、本件記事が掲載されたことによるものであるとは、にわかに断定することはできない(≪証拠判断省略≫)。しかしながら、原告は、株式会社音楽評論社の代表取締役として「音評」の編集、発行にたずさわり、世間から音楽評論家といわれ、他の週刊誌などにもみずから執筆し、テレビの音楽番組に審査員として出演するなど社会的活動を続けていたのであるから、前に述べた本件記事が掲載されたことにより、名誉を毀損されて少なからぬ精神的苦痛を被ったものということができる。そして、前記不法行為の態様・その他諸般の事情を斟酌して、右精神的苦痛は金一〇〇万円をもって慰藉されるべきものと考える。
(2) 原告は、本件記事の掲載により「音評」の購読契約や広告契約が多数破棄され、その結果、株式会社音楽評論社が解散せざるをえなくなり、得べかりし利益金七八四万八〇〇〇円を失ったとして、うち金四〇〇万円の支払を求めている。
≪証拠省略≫によれば、従来、「音評」は、レコード会社を中心として、テレビ局、音楽出版社、プロダクション、レコード店等と購読契約を結び、時期により契約者に変動があるが、五〇〇部ないし一〇〇〇部を発行してきたこと、原告が昭和四六年四月七日逮捕され、同月二四日釈放されるまでの間に、一部の購読者から購読を中止されたことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。しかし、それが被告らの前記不法行為によって生じたものとは、にわかに断定することはできない。けだし、前認定のとおり、原告逮捕の事実は、すでに同月八日および九日付で数種の著名新聞に報道されているのであって、その報道の時期、読者数、読者層の点からみて、その影響力のほうが、本件記事のそれよりも、はるかに大きいとみるのが相当で、かねてから「音評」および原告自身に対する業界の評価がそれほど高くなかった所へ、右のような新聞報道があったことが、購読中止をもたらした主たる原因と考えられるからである。また、株式会社音楽評論社が昭和四六年五月二四日解散したことは、当事者間に争いがない(≪証拠省略≫によれば、解散登記は同月二五日)が、右逮捕後の購読中止が何件あったか、それが右会社の経営にどのような影響を与えたか等を知るに足りる証拠はないから、右逮捕後になされた購読中止や原告主張の広告契約の破棄が原因となって、会社の経営が困難となり、やむなく解散に至ったものであることも、にわかに肯認することはできない。原告の逸失利益の主張は、右解散を前提とするものであるところ、右説示のように、いずれの点からも、解散が本件不法行為によって生じたことが認められないから、原告の右主張は理由がない。
(3) 原告は被告会社に対し、原告の低下した社会的評価の原状回復手段として、別紙(一)記載内容の謝罪広告を被告会社発行の「週刊女性」誌上に掲載することを求めている。しかし、すでに説示したように、従来、社会における原告の評判は芳しくないものであったところ、原告が印刷代金の恐喝容疑で逮捕されて、被告会社発行の「週刊女性」誌以上に多数の読者を有する数社の新聞紙上に、本件記事掲載以前に、「音楽ゴロ逮捕」「芸能プロから恐喝、音楽雑誌の社長が八〇〇万円」などと掲載されていたこと等を考慮すれば、原告が本件不法行為によって被った損害を填補するには、前記金一〇〇万円の慰藉料をもって十分であって、そのうえに、原告の社会的、客観的な評価を回復するために、被告会社に対し、前記謝罪広告を命ずる理由は存しないものといわなければならない。
五 よって、原告の請求は、被告らに対し金一〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四六年五月二八日から完済に至るまで民事法定利率の年五対の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、右部分は正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 大沼容之 前田博之)
<以下省略>